超放棄的措置
まだシャレ家が離散していなかった時代のある冬、
“コタツ問題”は発生した。
コタツ賛成派の父シャレパパとわたしシャレさんは、
母キシリアの無慈悲な強硬路線に屈し、以来、
賛成派の二人はホームセンターでコタツを見てはため息をつく
悲しい時代に突入したのだった。
キシリアに言わせれば「コタツは堕落の元凶」らしい。
1999年夏、シャレ家は解散した。
分散型家族の時代に入ってからは、
それぞれがどんな生活をしているのか、お互い知らない。
無党派の弟あっくんは、掻巻(かいまき)を買ったとか、
モンベルの半纏(はんてん)を買ったとか、
冬支度に抜かりのない人だから、
玄関にアレックス・モールトンの自転車を置く独身貴族の館に、
ひょっとしてミニコタツくらい導入したかもしれない。
シャレパパは? ジュヌセパ。
キシリアが強硬路線を捨てたのが、
南大沢に屋敷を構えた2007年冬。
エアコン、ファンヒーター、オイルヒーターがあっても
なんしか寒いと気づいたらしい。
とりわけ北に面した部屋の寒さは「パない」と、
わたしの部屋に特別措置としてコタツを取り入れたのだ。
IKEAじゃくてニトリの…。
贅沢は言うまい。あれほど忌み嫌われていたコタツが
目の前にある。不思議だ! 嬉しい!!!
ヒャッフーーー!コタツ、コタツ、コッタッツゥーーー!!!
わたしはそれを目にした時、小躍りした(ちびまる子風に)。
八王子に近いこのエリアは、夏涼しいが冬はめっさ寒い。
桜も終わろうとしているこの季節、雨降りで冷え込んだ今日など、
わたしは雪山を攻めるクライマーのような格好をしている。
ビバークばかりしているけど…。
下から、マダムnojiに編んでもらった毛糸の靴下、
守◯姉様にいただいた備長炭入りレッグウォーマー、
うんのちゃん&K石選手にもらったアヒルのパジャマ(ボトム)、
編集長に催促したダブルガーゼのパジャマ(トップス)、
パジャマの上にA嬢にいただいたY’sのウールカーディガン、
カーディガンの前を留めるのにウッチからもらった象のピン、
パジャマの下にKP嬢にいただいたキッドブルーの肌着、
注:K次嬢からKプロデューサー嬢へ昇格
頭には前◯先生にいただいた毛糸の帽子、
とまぁ、これまで人の助けなしには1秒足りとも生きては
こられなかったシャレさんという人そのものを体現した格好で、
その事実に気づいた時、さすがに驚き、我ながら情けなくも思った。
祖母エスタークさんは眉を寄せ、こう言った。
「人様の助けばかり借りて恥ずかしいと思わないの?」
キシリアさんは肩を落として呆れていた。
「感謝しなさい」。
還元もせず、人の愛情を燃料に、
自転車操業しているのがわたしである…。
「こういうの『ものもらい』って言うんだろうなぁ」。
ちげぇよ…
「超一流のものもらい」
てぇ~んだ。
大部屋病室で培ってきたらしい
超放棄的法規的ポジティブシンキングで、
自分を励まし、甘え、速攻、立ち直るのだった。
キシリアの路線変更によって、コタツは善なるものとなった。
しかし、かごに入ったみかんが中心に据えられ、
「母さん緑茶」とか「俺コーヒー」とか「わたしミロ」とか
好き勝手言ってたら母さん怒った、みたいな一家団らん、
幻想? ないものねだり? 陳腐な昭和?
何にせよ、家族で囲む本当のコタツは
もう実現しないのだろうと思った。
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