2010年8月24日火曜日

はざま猫

流行の“ダンシャリ”によってますます洗練されているA嬢リバーサイド邸のキッチン
猫が申しております。
訳知り顔で申しております。
「病院には天界と下界のはざまがある」。
患者Sの入院していた大学病院では、
その“はざま”は、地下1階のスターバックス出入り口付近と思われる。
行き交う人は何とも思わない。
よく考えたところで、通路の延長線か、
継ぎ足し旅館のように建て増しされた病棟の端に、
ぽっかりと現れた行き止まりにしか見えないのだろう。
はざまは三叉路のようになっている。
右手のガラス戸の先には灰色に冷たくくすんだ病棟の廊下が、
左手の自動ドアの向こうには白熱灯に照らされた緑色のスターバックスが、
正面の20段ほど続く階段の先には空が見える。
温度も音もにおいも異なる空気が流れ込み、
吹き抜けたり吹き溜まったり、つむじ風になったりして、
はざまの主である猫の毛をサワサワと揺らしている。
「またいらしたんですか。ここに来るってことは、
あなたまだ生きるかもしれませんよ」
猫はぶっきらぼうにそう言い、
ふさふさのしっぽを振りながら、階段を上って行った。
Sはたびたび病室を抜け出し、点滴をいくつもぶらさげたまま、
よくこの場所に来た。
とりわけ強風の日を選んでやって来た。
目をつぶって、混沌とした空気を胸一杯吸い込んだ。
パジャマのすきまから「ぴゅーっ」と空気が入り込む。
排気ガスまじりの空気だが、
そこには下界のリアリティーがあって、
懐かしさが強烈にこみ上げた。
スターバックスはいつでも俗世の音とにおいを垂れ流していて、
Sが地上を思い出す手がかりになっていた。
点滴棒を持ち上げる力があれば、階段をのぼりタクシーに乗って、
「調布飛行場まで」と言ったのかもしれない。
と猫は申しております。
実際「そう言ったんじゃないか」とも申しております。
猫はあくびをしております。
真実を知るのは猫のみでございます。

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自己紹介

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2007年12月31日、ドラマみたいに白血病で突然入院。かーなりハードな化学療法(JALSG ALL 202-O)を1年かけてやり過ごし、2009年3月に末梢血幹細胞移植を受け、2010年11月に臍帯血移植を受け6カ月以上寝たきり状態に。退院したと思ったら、半年ばかり入院、そしてまた半年ばかり入院して、2013年を病院で迎えてしまって、いっぱいいっぱいな日々をひっそり過ごしている人がひっそり書いている雑記。